□雫
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ただ、ずっとあなたと共に居たかった。

この身に終わりが来ても。

…この身を終わらせても。



私にはとても愛しいと思う存在が居た。
愛しい…?そんな感情も暫く忘れていた筈だった。


その人はいつの間にか私の隣りに居て…いつの間にか私の全てになっていた。

私が一人で居たい時もすぐ側に居た。
私が顔をしかめても笑い飛ばされた。

何故だかただそれだけで愛しい気持ちになった。

離れ離れになることなど考えて居なかった。

全てを…分かっていたつもりだった…それなのに…。
私はただ弱っていくその人を見守ることしか出来なかった。
まさか真なる死神がその人の命を狩りに来るなど考えてもいなかった。

日に日に弱っていくその人の星の光。

今宵が最期の夜になってしまうのではないかなどと考えてはその考えを必死に打ち消し、それを繰り返していた。



ある日その人に言われるままに出掛けることにした。
その時から胸騒ぎがしていた。


歩くことすらままならぬその人を背負って進む深雪の道は私の心とは真逆の美しさだった。

暫く歩くと目の前に湖が広がった。

もうすでに全てを悟ったこの心と
認めたくないと思う心がひしめき合っていた。


「…ここにしましょう」

その人をゆっくりと下ろして言ったが途端に言い知れぬ感情が湧き上がりその人を抱き締めてその場に崩れた。


思えば私にとってとても遠い存在だったその人は今、こうして私の腕の中にいる。

それは私の身に余る幸せで。
その他にも幸せは数えれば両の手では足りないほどで…。

暫くして「そうだな」とだけその人は言った。

普段は強がっているその人は泣いていた。
その人の涙は止まらない。
辺りは静寂に包まれていた。


先に逝く悲しみ。
置いていかれる悲しみ。

絶望に包まれる心。全てを分かっていても最期の覚悟など私には用意出来るわけがなかった。

心が闇に蝕まれる。
全て投げ捨ててしまいたくなる。


だから近付きたくなどなかった。
あなたのことは遠くで見ているだけで良かったのに。

欲深くも浅ましいこの心は常にあなたを求め出した。
止めることなど出来なかった。

近付けば近付くほど見えたあなたの闇に私はいつの間にか飲み込まれていたのだ。
気付けばもう戻れないほどに。…最早戻りたいなどと望む心すらなかった。

だから良いのだ。これで良いのだ。

ずっと前から…そう、それはあなたの闇を見た時からだった。


最期は一緒に


そんな約束を自分で自分に立てたのだ。

あなたに言えば笑われる。だからこれは私だけの秘密だ。

私の人生を美談にしたいからではない。ただ、あなたと共に居たいだけ。

ふと、力を無くした隻眼と視線がぶつかる。

そしてその人は弱々しく言った。


「…なあ光秀……後を追おうなんて思うなよ」


その言葉に思わずハッとなった。

「そんなこと…私、言いましたっけ?」

どうして分かってしまったのだろう。私はあなたに言った覚えなどないのに。

するとその人は呆れたような笑みを浮かべて言った。
「顔に書いてあんだよ」

その言葉を聞いて私はいたたまれなくなった。

私は数多くの命を殺めてきたがその代償としては大きすぎるのではないか。
どうして死んだ方がいい人間がこの世にはびこり生きなければならない人間は死んでしまうのだ。


「…そうですよ……私は…あなたと共に居たいのです…いけませんか」

悲しみと怒りが綯い交ぜになった感情をあなたにぶつけそうになる。

どうして…

「お願いです…私も一緒に連れて行ってください…いや…嫌だと言われてもついて行きますよ…独眼竜…私を一人にしないでください…あなたの居ない明日など何の価値もありません」


気付けば雫が頬を伝った。

涙を流すなど一体どれほどぶりなのだろう…。


目の前の人は驚いたような表情をしたがすぐに私の涙をその指で拭ってくれた。
「お前が泣くなんて赤い雪でも降るな」

そう言って眩しいくらいの笑顔で笑った。

「はぐらかさないでください…!私は勝手について行きます。もう決め…」

言いかけると独眼竜が遮った。

「お前…今、迷子になった餓鬼みてぇなツラしてんな」

「…ッ!!」


私は…なんて顔をしていたのだろう…。
一番心細いのはあなたなのに。
それでもあなたはそうやって強がって…。

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