文
□糸
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「馬鹿野郎!!何してんだよ!!!!」
最後に聞こえた声はそんなようなことを言っていた気がする…。
目覚めるとそこは全く見覚えのない部屋だった。
上半身だけを起こし辺りを見回すと「気がついたか」と声が掛かる。
そこに居たのは眼帯をした黒髪の少年だった。
「…ここは…?」
不安になり少年に聞けば少年は不思議そうな顔をした。
「…お前…覚えてないのか?」
「……?」
言われた意味が分からず少し首を傾げた。
私は私に関すること全てをどうしても思い出せないでいた…自分の名すらも…。
「あの…申し上げにくいのですが…私は…何者なのでしょうか?…そして…あなたは…?」
相手に失礼だと思ったが聞かずにはいられなかった。
目の前の隻眼の少年は一瞬驚いた表情をしたが私の質問に答えてくれた。
「お前の名前は明智光秀、それから俺は…」
なぜだかそこで少年の動きが一瞬止まった。
「…それから……俺は…伊達政宗。…お前が仕える主人だ」
主人…?
この少年が私の…?
俄かには信じられなかったが今はこの少年の話を信じるしか方法はなかった。
「ま…政宗、様……私があなたに仕えていたのなら忘れてしまうなどあってはならないことです…申し訳ありません…」
私は申し訳なく思い頭を下げた。
「いい、いい。そんなことは気にするな。それから俺のことは政宗と呼んで構わない」
私の主だと言うその人はそう言うと太陽のような笑顔で笑った。
しかし…主を呼び捨てで呼ぶなど……許されるのだろうか?
「あの…政宗様…」
「政宗、って呼べって言っただろ?」
呼び捨てに出来ない私は間髪容れずに注意されてしまった。
「あ…はい……ま…政宗……」
「おう、なんだ?」
申し訳なさそうに名を呼ぶとなぜだかその人は嬉しそうに笑った。
「…あの…私は一体あなたに仕えてどういったことをしていたのでしょうか…?」
「お前…本当に全部忘れちまったんだな」
「…申し訳ありません…」
私は謝ったがその人は特に気にしている様子もなく「気にすんな、責めてるわけじゃない」と笑った。
ずっと前からこの人を私は知っていたのかもしれない…
だが今の私には記憶が全くない。
初めて見るこの人の印象は豪快の一言に限ると思った。
自分よりもだいぶ年下だと思うが毅然としていて自分自身に自信もある。
こんな人を私は知っている……けれど何故だろう…違和感がある…。
そしてその日はそんな幼い主について回った。
私の主はどうやら一国の主らしく執務をこなすこともあった。
かと思えば城の者たちと分け隔てなく会話をしていたりもした。
この人は皆に慕われている…そう見受けられた。
そうしているうちに夜になり私は与えられた部屋で布団に入り寝付けずにいた。
…私は…本当にここに居ていいのだろうか…
そんな思いが巡る。
大切な何かを思い出せそうなのに少しも思い出せないのが苦しい。
そんな折、障子を開ける音がして私の主が入ってきた。
「起きてたか?」
「え、ええ…一体こんな時刻にどうしましたか?」
聞けばその人は障子を後ろ手に閉めながら少し何かを考えているようだった。
「あの…?」
不審に思い声を掛けると何かを決意したようにその人が口を開く。
「…光秀…大事なことを言い忘れていた」
「大事なこと…ですか?」
ますます分からない。
大事なこととは一体何なのだろう…。
様子を伺っていると、その人はいきなり私の布団の中へ入ってきた。
「なっ……ど、どうしたんですか?!」
あまりの衝撃に動けずにいるとその人はさも当然だと言わんばかりに横になってしまった。
「……あ、あの…?」
全く理解できない光景に固まっているとその人は「何してんだよ」と隣りに寝るよう促した。
「…あの……全く理解出来ないのですが…」
「うるせぇ。お前と俺はこうやって毎日一緒に寝てたんだよ!だからこれからも毎日一緒に寝るんだよ!!」
そう言うその人の顔は真っ赤だった。
……照れて…いるのだろうか…?
「…そう…でしたか…それなら…」
そして事を把握した私はその人を腕の中に閉じ込めた。
「ばっ、馬鹿野郎!!そこまでしろとは言ってないだろ!!」
腕の中のその人はなにやら慌てて離れようとしていた。