□赤
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「ここにはもう何もありません…誰も居ないし、何もない…私とあなただけしかいません」

言った後で可笑しくなって緩む頬を隠すことが出来なかった。



それはそうだ。

私が全て壊した。
私が全て殺した。



だってしょうがないでしょう?
あなたとふたりきりになりたかったのだから。
理由ならそれだけで充分でしょう?


それなのに…どうしてあなたは表情が冴えない…?

嬉しくないのでしょうか?
おかしいな、私とあなたは常に同じ気持ちの筈なのに。
なぜ笑わないのだ。
なぜそんなにも怯えているのだ。

たったひとつの瞳には絶望の色が濃く出始めている。


「どうして?私はあなたが好きで…あなたも私が好きなのでしょう?
だから私の側に居るのでしょう?
答えてくださいよ…
ねぇ…答えて……答えなさい…答えろ…
答えろ答えろ答えろ答えろ答えろ!!!!!!」


力任せに何度もその人の体を揺すってもその人はただ黙ったまま。

私を見ているはずなのに焦点が少しも合わない。

どうして?こんなに近くに居るのに…私を見てくれないのですか?

私のことが………嫌いになってしまいましたか…?

私はこんなにもあなたが好きなのに…。


ふと、その人の背に回した手を見れば粘着質な感触と共に真っ赤に染まっていた。


なぜ…?


おかしい…私はただふたりきりになりたかった。
だから私とあなた以外の全てを消し去った。

形あるものは全て壊し
生あるものは全て殺し

そうした筈だったのに


なぜあなたまでが赤く染まっているのだ?


身に覚えのない感情と感覚だった。


その人を抱きしめたまましばらく手のひらの赤を指先で弄んでいた。

ぬるりとした感触。刀の錆と同じ臭い。

なんだろう?これは一体…どうしたというのだろう…?
返事もしない…目を合わせない…少しも動かない…。




分かってる…分かってる…

自分が認めたくないだけだということも。



けれどね、私、前から試してみたかったことがあるんですよ…。

…いいですよね?




あなたの可愛らしいお顔はそのままに…私が興味があるのは首から下です。


目の前のその人の上半身だけを脱がせると近くにあった刀をその肌に当てた。

「……少し勿体ないですね」




さあ…どこから戴きましょうか?


目移りするような美しい光景に迷い箸。
これにしようと手を伸ばし寄せ箸。
しかし目移りしてしまい移り箸。
あれもこれもとせせり箸。
ついに拾い上げたそれを口元に運び滴る赤い雫の涙箸。


それを口にした瞬間、言い知れない感覚が食道を滑り降りるそれと共に私の中に伝わった。

その途端、私の中の欲望が堰を切ったように溢れ出した。


ただひたすら、それを口に運び続けた。
その人の腹を掻き回すぐちゃぐちゃという粘着質な音が断続的に続いた。

でも何故だろう…?
その人の欠片を嚥下し続けても…一向に満たされない。
高ぶっているのに満たされない。

ふと…その人の顔を見た。
光を無くした瞳だった。

その瞳を見ていたら引き寄せられるようにその人に唇を重ねていた。

固く閉ざされたその唇を抉じ開けて舌を押し入れた。

そしてまだ少し温かく柔らかい舌に触れた。

血の味しかしないその血はこの人のもので…その血を貪ったのは私で…。

段々と意識が倒錯してゆく。最早どの状態が普通と言うのかすら分からない。

唇を離せばその人の顔は私の掴んだ手によって血に濡れていた。

そんな姿は本当に目を見張る美しさで…私の欲をより一層駆り立てた。


「あなたは無視してばかりだ…一体いつまで無視をするつもりなんですか?」

それから私はこの思いを遂げることにした。

無視をしているのなら構いませんよね?


……死んでいるのなら、遠慮は要りませんよね?




ずっとしたかったこと。
あなたの中に入ってゆくこと。

あなたを見つめて欲を抑えるのは辛かった。
近いようで私などには到底手も出せない、そんなあなたを見つめては舌なめずりをする日々。

本当に…本当に本当に本当に…喉から手が出るほど欲しかったあなたの心と体。

今、両方手に入る。

だってあなたは今私しか見ていないでしょう?

勿論、私もあなたしか見ていませんよ。

嬉しいですね…嬉しすぎて気が変になってしまいそうですよ…。

 
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