幸せの軌跡

□第16話 変わる景色
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すると、なかなか納得しないオレを見かねたのか、

「じゃ、お試し期間を設けてみるってのはどう?」
「…お試し、期間?」

おっさんはそんな提案をしてきた。
言ってる意味がすぐにはわからず、首を傾げる。

「そ。とりあえず、"付き合う"っぽい形を取ってみて、自分がどう思ってるのか
考えてみる、みたいな?」

なんて無茶苦茶なことを言いやがるんだ、このおっさんは。
そんなの、流されるのを狙ってるようなもんじゃねぇか。
やりたい放題だろ。
口に出したつもりはなかったが、表情から読めたのか、おっさんは更に言葉を続ける。

「もちろん、ユーリがおっさんのこと好きだって思えるまでは、"そーゆーこと"は望まないし、ダメだったなら諦める」

潔い言い方に、それならまあ、と一瞬納得しそうになって、はたと違和感に気づく。

「なぁ、それって…結局おっさんが得しそうな気がするんだけど」
「あれ、バレた?」

悪びれずに笑うおっさんは、まるで悪戯がバレた子供のよう。

「当たり前だろ。それに、ホントに守れるのかよ、そんなの」
「うん、約束する。ユーリの気持ちがはっきりするまで、手は出さない」
「ホントだな?」

じっと見つめると、真面目な顔をして、真剣みのこもった声で答えた。

「口は出すかもしれないけどね、昨日みたいに」

かと思えば、すぐにそんな風に軽口を叩く。
っていうか、それは一般的には手を出してるって言うだろ。
そんな思いを込めてじとっ、と見つめると、

「な、なによ〜その汚ないものを見るような目は」
「実際汚ないだろ」

ひどい!と抗議の声を上げて、地団駄を踏むおっさん。
そんな様子につい笑いそうになって、それをごまかすように冷静を装った。

「許可なしにヘンなことしたら容赦なくぶん殴ってベランダに吊るすからな」
「わかっておりますよ、お姫様」

改めて釘を刺すと、おっさんは恭しく一礼して見せた。
いつも通りのへらへらとした声。
いつもならイラつくはずなのに、今はなぜかホッとする。

「わかってんなら、いいけどな」

それは、提案を肯定する、という意味にもなっていた。
遠回しな言い方だったけれど、おっさんには伝わったらしく、にこりと笑みを向けられた。

こんな条件を飲むなんて、どうかしてる。
今までのオレならきっとそう言っただろう。
だけど、なんでかな。
今は、これでいいような気がしたんだ。

「っておっさん、時間いいのかよ?」

オレは気分転換にと思って早めに出ただけだから別に問題はないけど、おっさんは普通に仕事に合わせて出てきたんじゃないのかとふいに気がついた。

「え……ああぁぁぁっ?!!」

時計を見て絶叫したおっさんは、慌てて走り出す。
その背中に軽く声をかける。

「急ぎすぎて車に轢かれんなよ〜」

するとレイヴンは、

「はーい、気をつけまーす!」

わざわざ振り返って手を振ってから大きな声で返事をした。
苦笑して手を振り返してやると、バカみたいに嬉しそうに笑う。
いいから早く行け、と手で示すとくるりと踵を返してまた走っていった。

全く、しょうがないおっさんだな。
大人なんだか子供なんだか。
あんなのと今後も付き合ってて大丈夫なのか、と少し心配に思う。
だけど、妙に爽やかな気分だった。
昨日までの憂鬱はどこにいっちまったんだろうな。

いつもと同じ見慣れた景色なのに、どこか違うように見えた、気がした。



これが恋かはわからない


だけど確実に


世界が変わった気がして



To be Continued...



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