お城の西の森深くに
残酷な魔女が
住んでおりました。

魔女はある日
美しい歌姫に
出会いました。

魔女は気まぐれに
騎士の前で囀ずる
姫から声を
取り上げました。


「姫。わがままがすぎますよ」
「嫌!アルトを呼んで。アルトにやってもらうわ」
「…アルト様はお帰りになりましたよ」
「嘘付かないで!」

アルトがこんな日にあたしを一人にして、帰るはすがない。

姫はそのしなやかで美しい裸体からまとわりつく水滴を滴らせて、広い湯殿を移動する。窓の外には丸い月。神々しい輝きが姫の心を震わせる。

お願いアルト。側に居てくれるだけで良いの。

愛しい騎士の気持ちが己に向かってないと知りながら、それでも求めてしまう。止められない気持ち。

窓に濡れた美しい髪を押し付けて、姫は歌い出した。悲しい旋律の恋の歌。

世話係のグレイスは、そんな姿を少しの間見守り湯殿を出て行く。
大切な姫の願いを叶えるために。


やがて、パタリと扉が開き湯を掻き分けて近付く気配。姫は振り返らなくても誰なのか分かった。
シュルリと衣擦れの音がして、全身をすべらかな布に包まれ抱き上げられる。
「…アルト」
アルトと呼ばれた騎士は、姫に劣らず美しい青年だった。絹の様な繊細な髪を高々と結い上げ、誰をも魅力する瞳は金とも茶にも見える不思議な色合いで。
姫は騎士の首に甘える様に両手を絡める。
互いの瞳が切なく絡み揺れる。
騎士は己の守るべき主を腕に抱き揺らさぬ様にゆっくりと湯から上がる。
湯殿の西側の豪奢な扉の前に立ち凛とした声で命じた。
「開けよ」
と。
扉は騎士の声に呼応して、ゆっくりと開き出す。
姫の寝室で待機していた女官二人が、よく仕付けられた身のこなしで二人を迎え入れて扉を閉めて、反対の扉を開き音もなく出て行く。
広い寝室には騎士と姫の二人になった。
「アルト…」
「何でしょうか?」
「やめて!」
「姫?」
「やめてやめてやめて!何よ?その話し方!」
「…………」
「何とか言いなさいよ!昔みたいに話しなさいよ!」
フロンティア王国の王女と王女を守る騎士では…本来なら触れる事さえ叶わぬ不可侵の女神。
アルトはそっとベッドに姫を下ろした。

「ダメよ!行かせない」
「姫……」

アルトの首筋に絡み付く細い腕がカタカタと震えている。寒さのためではない事を知ってる。思わず抱きしめかけた腕が止まる。
姫の体に巻き付けた布が下がり背中が露になっていた。
そこにアルトは己の罪の証を見付けて…姫を抱きしめる事無く両脇で拳を作った。




騎士アルトの罪…祝福の姫から未来を奪った事。





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