薄*桜*鬼


□鬼と犬
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ある晴れた日、龍之介は芹沢さんに命じられて酒を買いに町まで来ていた。

「毎回、毎回、あの人は酒を飲みすぎだろ…どこにそんなに入るんだよ」
ぶつくさ文句をこぼしながら、足だけは順調に酒屋へと進めていた。

「おい…」

酒屋へと向かう龍之介の耳に、気怠げな低音が響いた。

「(すげえ怠そうな声だな、まだ昼間なのに)」

そんな感想を抱きつつ、黙々と歩いていく龍之介の肩に、突然手が乗せられた。

そして、何だ?と振り返る前に手に力が込められ、龍之介は無理やり後ろを振り返させられた。

「いってぇな…何だよ突然…」

軽く痛みを訴える肩に視線を向け、そのまま置いてある手を辿るようにその手の持ち主を見つめた。

「かっ、風間!?」

龍之介を呼び止めたのは、風間だった。

呼ばれた本人は、驚く龍之介の声に不快げに眉を顰め、呆れたように溜め息を吐いた。

「先程、声を掛けたが…貴様は気付いていなかったようだな…」

「声を掛けたって…掛けられた覚えはないぞ」

対する龍之介も、そんな記憶はないので訝しげに首を傾げた。

その様子に目を細めるも、なんとなく予想はしていた為に、肩に置いていた手を移動させて龍之介の手首を握り締めた。

「そんなことは、もはやどうでもよい。貴様、一人で歩いているという事は、暇だな?」

「は?暇じゃねえよ。今から芹沢さんの酒を買いに行かなきゃいけないんだからな……って、おい!!」

龍之介は機嫌悪そうに返そうとするも、突然引かれた腕に驚いて文句を言う隙もなく、どんどん引っ張られていく。

「何処に連れて行く気だよ…」

諦めたように問うも、風間は反応を返さずにただ腕を引いて歩いていく。
暫く、文句を言わずに後を付いて歩いていると、不意に風間が歩みを止めた。

龍之介は突然のことに反応できずに、風間の背にぶつかる形で歩みを止めた。

「着いたぞ……貴様は、何をしているんだ…」

背中に感じた衝撃に溜め息混じりに呟くと、風間掴んだ腕をそのままに甘味処へと入っていく。

「甘味処?…何でこんな所に連れてきたんだよ」
風間の行動の意図が掴めずに、問いかけるも、やはり何も言わずに椅子に腰掛ける風間に、龍之介も向かいの席に腰掛けた。

「……食いたい物を注文しろ…」

淡々と用件だけを述べる様子に、もはや何を言っても無駄だと龍之介は品書きに目を通した。

「じゃあ、みたらし団子が食べたい…」

龍之介が呟くように言った言葉を、聞き逃すことなく聞くと、風間はみたらし団子とお茶を二人分注文し、静かに龍之介を見つめた。

「何だよ…」

あまりに長く見つめられ、さすがに居心地が悪くなって声を掛けるも、受け流すように何も言わない風間に、龍之介も黙って店内を見つめた。

暫くして、みたらし団子とお茶が運ばれてくると、先程までの不機嫌さを忘れたように龍之介は瞳を輝かせた。

「た、食べていいか?」
お預けをさせられている犬のように風間を見つめる龍之介に、風間は微かに笑みを浮かべて皿を差し出した。

「ありがとな!風間」

龍之介は満面の笑みを浮かべると、差し出された皿を受け取り、上に乗せられた団子を黙々と食べだした。

「まるで、犬のようだな…」

団子に夢中になっている龍之介に聞こえないように呟くと、風間は手を伸ばして跳ねの激しい髪を撫でた。

「!?……何だよ、急に…」

夢中になって団子を食べていた龍之介も、相手の不意の行動に驚き、団子を食べる手を止めて相手を見つめた。

「……いや、少し触ってみたくなっただけだ。……意外と、柔らかいのだな…」

言いながら髪に触れて、たまに頭を撫でる風間に、龍之介はどう反応すればいいのか解らず、とりあえず、と団子を口にした。

龍之介の様子に、風間は意外そうに一瞬手を止めるも、すぐに撫でるのを再開し、気が済んだように手を離すと、再び龍之介観察を再開した。

龍之介も、気にせずに団子を食べる事に集中し、互いの間には言葉はなくとも、和やかな空間が広がっていた。

「ご馳走様」

龍之介のその声に、和やかな空間は消え去り、どちらともなく席を立つと、互いに会計へと向かった。

「俺が払う!!」

「ふっ……」

龍之介が剥きになって言うも、その間に風間は会計を済ませて甘味処の外へと歩いていっていた。
「俺が食ったのに…」

「…用事があったのだろう?…もう行け」

文句を言う龍之介に興味を無くしたように告げ、頭を軽く撫でると風間は最初に遭遇した時のように去っていった。

「何だったんだ?一体…あー!!芹沢さんの酒買いに行かねえと!!」

慌てたように走っていく龍之介の姿を遠目から確認すると、楽しげに口端を上げて風間も去っていった。




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