薄*桜*鬼
□鬼と犬2
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芹沢さんに雑用を申し付けられる事もなく、新選組の幹部達に外で遊んでこいと言われて拗ねたように町へと繰り出した龍之介。
外に繰り出したは良いが、特にやりたいこともなく、路銀を持ち合わせている訳でも無い為に、ただただ暇で京の町を観察しながら歩いていた。
「こんな日に限って、何でみんな忙しいんだよ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、歩いていると、ふと楽しげな笑い声が聞こえ、そちらへと視線を向けた。
楽しげな笑い声は、甘味処の外の席に座る親子から発せられていた。
微笑ましげに自らの娘を見つめる母親と、幸せそうに団子を食べる娘。
そこには、極一般的な幸せな家族の姿があった。
龍之介は暫し羨ましげに家族を見つめ、はっとしたようにすぐに視線を逸らした。
「……羨ましいなんて、思っても仕方ないのに…」
ぼそりと呟き、その場を離れようとした龍之介の耳に女性の悲鳴が届いた。
(何かあったのか?)
疑問を抱きながら振り返ると、先ほどの家族の母親が浪士に絡まれていた。
嫌がる母親を無理やり連れて行こうとする浪士の足にしがみつき、止めさせようとする子供を見ても、京の人々は見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。
刀も扱えぬ、身分があるわけでもない龍之介に止める手立てはなかった。
龍之介はそれを理解していても、無視をする事など出来ず、そちらに足を向けると渦中へと飛び込むように、浪士へと声を掛けた。
「おい…嫌がってるじゃないか……止めてやれよ」
ぶっきらぼうに言い放つと、龍之介は浪士の前へと姿を現した。
「何だ?お前は…」
浪士は邪魔をされて不機嫌そうに声を上げて龍之介を睨みつけた。
普段、芹沢さんに睨まれている龍之介としては、浪士の睨みなどまったく恐ろしいとは感じなかった。
逆に睨み返してやろうか、というほど平常心を保っていたが、それゆえにあまり刺激しないように俯かせがちに目線を下げて言い放った。
「その人、嫌がってるだろ…それに、子供が見てる前で恥ずかしくねえのかよ……」
「何だと、貴様!!俺を勤皇の志士と知っての狼藉か!?」
浪士は怒りに女性を放ると、刀の柄に手を添えて声高々に名乗りを上げた。
さすがの龍之介も、刀を出されては適わないと微かに狼狽えた。
「こんな所で、刀を抜く気か!?」
龍之介の様子に、浪士は勝機を見出したように口元を吊り上げた。
「勤皇の志士である俺に楯突いたのだから、切り捨てられて当然だぞ」
そう言いながら刀を抜くと、上段から龍之介を斬りつけた。
「うわああぁーっ!!」
が、龍之介の叫びも虚しく、浪士の刀は新たに現れた存在の刀によって受け止められていた。
「!――貴様っ!!何者だ!この俺の邪魔をするとは、無礼だぞ!!」
「風…間?…何で、あんたがここに…」
龍之介はそう呟きながら、軽く腰を抜かしたように座り込んだ。
風間は、浪士を煩わしそうに見つめると、下段からにも関わらず、相手の刀を弾き飛ばした。
浪士は勿論、龍之介ですら何が起こったのか瞬時に理解出来なかった。
浪士の方が幾分早く正気を取り戻し、首もとに添えられた刀にひきつったような悲鳴を零した。
「目障りだ…二度と、俺の前に姿を現すな…」
淡々と感情を込めずに言い放つと、添えていた刀を収め、龍之介へと視線を流した。
「――っ!!貴様、覚えておけ!!」
背を向けて逃げながら叫びを上げる姿は、まさに負け犬の遠吠えだった。
そんな浪士をつまらなさそうに一瞥すると、龍之介の方へと足を進めた。
「何の用だよ…」
助けてくれたとはいえ、風間はあくまで新選組の敵…龍之介とて易々と心許せる相手ではなかった。
「助けてやったのだ。…何か言うことがあるだろう?」
至極楽しげな猫撫で声を出しながら、風間は龍之介の腕を掴んだ。
そして龍之介の返事など聞かずに歩き出した。
「お、おいっ!何処に連れて行く気だよ!?」
焦りを感じながらも、強い力で引かれてはどうすることも出来ず、龍之介は文句を言いながらも風間について行った。
暫く歩き、連れて行かれた場所は何の変哲もない宿屋だった。
「宿?…何でこんな所に…」
「フッ…大人しくついて来い」
龍之介の問いを軽く流すと、腕を掴んだまま一つの部屋へと入っていった。
「連れてきたぞ」
その一言と共に、風間は連れてきた龍之介を部屋へと放り投げた。
「――痛!?…何だよ突然…」
床へと打ち付けた場所をさすりながら顔を上げた龍之介の目に映ったのは、鬼の一族の二人だった。
「お!やっと連れてきたのかよ」
壁に背を凭れさせて座っていた不知火は、楽しげに笑いながら龍之介を見つめた。
「大丈夫ですか?…しかし、風間の言う犬が、あなたの事だとは…」
心配そうに近寄りながら、天霧は微かに驚きを含んだ目で龍之介を見つめた。
龍之介の方は、突然敵が三人も集まる場所に連れてこられて、驚きと不安でどう反応すればいいのか解らなくなっていた。
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