花と嵐

□何時れかの春
4ページ/4ページ


「毒蛇というより、獅子だな!」

 『注目の編入生殿』を前にしての、五年ろ組の同輩神崎左門の第一声に、次屋三之助は思わず吹き出した。もう一人の同輩、富松作兵衛は「初対面で何言いやがる」とそれを一蹴したが、左門の奴は上手いことを言うじゃないかと三之助は思う。

 い組の伊賀崎孫兵の見解では『毒持ち』だったが、その編入生、凪雅の容姿は次屋の目にも確かに毒牙を感じさせるものであった。同時に獅子と言うのも頷けるものはある。

 凪雅の顔の中で、最初に目についたのは両の眼だった。
 ぴんと張り積めた様なやや褐色の肌を切り開いて爛々と光る眼。目尻はぎりりと跳ね上がり、その角度とそっくりそのままの野太い眉。そうして其処から下の鼻が存外に低い事と、口が見事なへの字である事を合わせれば、確かに凪雅の顔は唐獅子の様で、そう思ってしまったらもうそうとしか思えない。
 三之助は心の内で彼を密かに『毒獅子』と呼ぼうと決めたのだった。

「毒蛇なら来ておるぞ」

 口はへの字だが、別段機嫌が悪いという訳でも無い様だった。
 部屋の内をきっと目だけで振り返るようにした。早速孫兵の愛する友による洗礼を受けた訳だが堪えている様子も無く、ぎょろんとした眼は三之助達の方へ戻る。

「ジュンコと仲良くできてるとは凄いな君。僕は五年ろ組の神崎左門だ。よろしくな」

「仲良くはしとらん。居直られとるだけだ。よろしく神崎」

 「左門で構わん」と、なつっこい笑みを着けて言えば、凪雅は少し目をすがめる。三之助にはそれが笑みなのか、それとも胡乱気な表情であるのかが判断できなかった。

「部屋は言えば変えてもらえるぞ。後、こいつと、そこにいるうどの大木みたいな奴の言うことは気にしなくて言いからな。俺は富松作兵衛。同じくろ組だ」

「そうか。だが、一度腰を下ろしたからには逃げる訳にはいかん。よろしく、富松。で、あなたもろ組か」

 先客であるは組の浦風藤内が突如物言いたげにもにゃもにゃとした顔になったのをぼんやりと観察していたら、不意に声を掛けられ「んあ」と間の抜けた返事を三之助は返す。

「……そ、俺もろ組。次屋三之助っての。なあ、あんたの家ってもしかして良いとこなんじゃねぇの」

 凪雅の来し方は黄昏時である。
 学園の保健委員会と交流深い黄昏時の忍者達については、生憎の所三之助は良くは知らないのだが、凪雅の口調と仕草から漂う何処か尊大で泰然とした空気に、それなりの生家から来たのでは無いかと感じたのだった。

「あー、分かるぞそれ」

 左門がうんうんと頷いた。

「凪雅は御武家様みたいな喋り方だ」

 初対面から息三十も数えぬ内に名前を呼びつけにする左門の対人能力には恐れ入る。と、三之助は『毒獅子』なる渾名を密かに着けた己を棚にあげながらも凪雅を見る。
 凪雅もまた三之助達を見回す。片眉を上げながら笑みの様なものを浮かべた(此れは三之助にも辛うじて笑みの様に見えた)かと思えば、「まあ、そうだろうな」と呟いた。

「武家の生まれ育ちではある」

「え、そうなのか」

 左門が首を傾げるのは最もだ。

「黄昏時の高坂さんは、忍だろ」

 藤内が左門達の疑問を代弁した。
 武家の出身である者は学園には数名いるが、凪雅の場合、兄が黄昏時忍軍の忍、高坂陣内左衛門と聞かされていた。

「黄昏時の忍は代々忍の家系だと数馬が、僕の同級が言っていた。高坂君は武家の養子だったりするのかい」

 藤内の問いに凪雅は微かに首を傾げている。
武家と素波はそもそもの枝葉というものが違うのだ。
 俄然、興味深くなったと三之助は凪雅の答えを待つ。
 すると凪雅はまた辛うじて笑みに見える様なものを顔に浮かべ、「だから隠しだては性に合わぬ」と小さく呟き、

「養子ではない、嫡子だ」

 と、呟くよりもはっきりとした声で答えた。

「は、」

「拙家の忍組頭である雑渡が、高坂の、あれの弟を名乗れと進言しおったのだが、」

「え、」

 呆ける三之助達に対して、凪雅は「あー」と気まずげな唸り声をあげながら頭を掻いた。

「この凪の本当の氏は、高坂でなく黄昏じゃ」

「は、」

 ますます呆ける彼等に、凪雅は片眉を上げる。小さく溜め息を吐いた後、背筋を伸ばして三之助達を真っ直ぐに、射抜く様に見る。

「……儂は、黄昏時城が主、黄昏甚兵衛の息女、黄昏凪雅である」

「おなご、」

 三之助が思わずそう口に出せば、凪雅は今度ははっきりと笑みを浮かべ、

「ああ。そう、おなごだな」

と、宣った。


.
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ