花と嵐

□朝の一景
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「こら、三木ヱ門。私の後輩を軽々しく叩くな」

 三之助を叩いた三木ヱ門の更に背後から恐ろしく見目の整った青年が苦々しげに言ったが、三木ヱ門はそれを全く意に介さず「この間の帳簿の件だが、」と左門に話し掛けるのだった。

「私を無視するな!!!」

「滝夜叉丸煩いっでっ!!」

「先輩を着けんか!阿呆三之助!」

「……なんか俺殴られっぱなしなんだけど」

 理不尽だと顔をしかめる三之助と、三之助の脳天に拳骨を落とした美青年を、凪雅はやや呆れた様な表情で見比べた。
 その視線に気付いたのだろう。美青年は凪雅に目を落とし、にこりと微笑む。
 その場に花が咲くようなそれに「派手な男だな」と凪雅は目を瞬いた。

「君が噂の編入生か」

「はい。高坂凪雅と申します」

「そうか。私の話はもう聞いているかな」

「いいえ」

 五年生達が一斉にげほげほと咳をしだした。向かいの藤内が赤い顔を震わしているのを見て、凪雅は何事かと怪訝に眉を潜める。
 聞いたことが無いからそうだと答えただけである。
 青年は切れ長な眼を少しすがめはしたが、直ぐに先程の華やかな笑みを浮かべ直す。

「ならば、教えてやろう。私は、座学、実技ともに学園の首席である平滝夜叉丸だ」

 首席、という事は最も優秀だということか、と、凪雅は滝夜叉丸を見返した。
 所作や姿勢から溢れんばかりの自信に満ちた雰囲気はそういう訳かと彼女は独り頷く。

「それは凄いですね」

 素直な感想である。五年生達はまたも「うげっ」と顔をしかめた。  
 凪雅は知らぬことではあるが、この滝夜叉丸。優秀な事は優秀であるが、決定的な短所がある。

「凪雅、迂闊に誉めるな。長々と自慢話を聞かされるぞ」

 三之助がこそこそと、しかしそれなりに大きな声で凪雅を咎めるが、

「有り難い話、の間違いだろうが三之助?」

 と返す滝夜叉丸。昔から自惚れが強く、自画自賛の長話には誰もが閉口していた。
 凪雅はまたも目を瞬かせると、「然し、」と話し始める。

「最も優秀であり続けるという事は最も努力し続けているという事ではなかろうか」

「え」

「は」

 ぽかんと呆けるその場の者達に構わず、凪雅はそのぎろりと睨むような目を滝夜叉丸に向ける。

「平殿の所作には強い自信というものを感じる。此れは一朝一夕で身に付くものではない、大将の器にも等しいものだ」

 滝夜叉丸までもがぽかんと凪雅を見返していた。

「それに、学園長殿から伺った話だが、この学園は入学は易いが進級は難しいのであろう。それを最高学年になるまで残り続け加えて最も優秀であり続けているのだとしたら、」

 言葉を切った凪雅の、普段はへの字に曲がった口許がふっと笑みを結ぶ。

「その努力と自信こそが、平殿の才気であるかと存じます」

 しんと静まった空気がその場を流れた。
 その一瞬の間の後、滝夜叉丸の呆けた面があれよあれよという間に赤くなっていく。

「なっ、中々に分かっているではないか!!なあっ、三木ヱ門!」

「でっ!知るかよ叩くな阿呆夜叉丸!」

 首まで赤くなった滝夜叉丸は顔をしかめる三木ヱ門の肩を一頻りばしばしと叩くと、「なははは!」とかつての委員長を思わせる哄笑を上げながら立ち去っていった。
 足早に去る滝夜叉丸の背中を五年生達は口をあんぐりと開けて見ている。

「あの滝夜叉丸が自慢話をせずに立ち去った……」

 滝夜叉丸とは直属の後輩として最も近しい三之助は信じられないと普段からぼんやりしがちな顔を更に呆けさせ、

「てか、あの顔見た!?真っ赤にふやけた柿みたいだったよ!」

「なるほどなあ、グダグダ言い出す前の誉め殺しか!勉強になったよ」

 藤内と数馬は珍しいものを見たとはしゃいでいる。

「凄いな、凪雅!」

「人たらしかよ」

 左門と作兵衛がそう凪雅に言ったが、当の凪雅は怪訝そうに野太い眉を潜めている。

「あの自惚れの固まりに喜車の術を掛けるとは中々やるな編入生」

 そう三木ヱ門も凪雅の肩を軽く叩いたが、凪雅は「思うたままを言うただけなんじゃが」と、尚も解せぬ表情のまま小さく呟くのだった。


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