花と嵐
□気に食わねども良しとする
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月見亭。と、彼等が言う場所は、人通りの少ない学園の端、周囲歩いて三十歩程度かの池に張り出した小さな建物であった。
三之助、左門、作兵衛、そして凪雅がその床に腰を下ろせば少々手狭であるが、簡素な吹き抜け造りに、池をさざ波立てる風が通る為に息苦しさは感じない。
風に揺れてそよぐ後れ毛が少々煩わしく凪雅は首を掻いた。
目を上げれば、三之助と目が合う。
「じゃ、聞こうか」
「うむ」
凪雅は頷く。
首を掻いた手を下ろし、胸の前で腕を組む。
「六年生の、平殿から聞いたのだが、三之助。お前、先日に逢魔ヶ時の鉱脈の話を聞いたそうだな」
凪雅がそう切り出せば三之助はへらりと笑う。
「ん。やっぱりその話か」
三之助の返しに凪雅の片眉がひくりと動く。
「なんじゃ、分かっておったのか」
「分かってたというより、あんたが俺に改まった話となればそれくらいじゃないかって」
「三国峠の茶屋で聞いたとか」
「そうそう。旅芸人の一座が話していたんだよね」
「それは何時の事だ」
三国峠の件で作兵衛が溜め息を吐いたが、三之助も凪雅も気にする事無く話を続けるのであった。
「何時ってのは?俺が聞いた時が何時か?それとも、」
「無論。その鉱脈とやらが何時見つかったかという話だ」
「それなら、二月前くらいだと芸人達は言ってたな」
「二月」
凪雅は、二月、二月と何度もその言葉を胸中で確かめる。
「それがどうしたと言うんだ?逢魔ヶ時は黄昏時の属国だよな。その事と関係があるのか?」
左門の問いに凪雅は頷いた。
「逢魔ヶ時で得る鉱脈の益は全て黄昏時のものとなる。新たに鉱脈が見つかりし時は三日の内に黄昏時に知らせが届く約定も交わされておる」
凪雅に、三人の視線が集まる。
「まさかとは思うが、」
と、作兵衛が躊躇いがちに切り出した。
「新たな鉱脈の知らせが、黄昏時に届いていない……って事か?」
作兵衛のその問いには凪雅は直ぐには頷けなかった。
「……先日の帰城の折に、諸記録に目を通したのだが……流通、財政、国交、どの記録にも逢魔ヶ時領鉱脈に関する新しい記録は無かった」
そう答えるしかない。
作兵衛、左門、三之助が顔を見合わせる。
「それはつまり、逢魔ヶ時がその新しい鉱脈の利潤を自国のものにしてるって事か」
と、左門が眉を潜める。
凪雅もまた、難しげに眉間に皺を走らせた。
「まだそう判断するのは早計だ。芸人達とやらの言う事が正しいかどうかも分からぬ。ただ、少々きな臭いものは覚えるな」
そう呟く凪雅の表情は、編入生、高坂凪雅のそれではなく、その正体たる黄昏時城主が嫡子、黄昏凪雅のものとなっている。
「陣内左衛門に……いや、」
ぎろんとした獅子を思わせる眼がふと悪戯めいた光を帯びた。
「儂が行く方が早いか」
そう膝を打った凪雅に作兵衛と左門はぎょっとした顔をした。一方で三之助は「へえ」と感心した声を上げて身を乗り出す。
「姫様御自ら、逢魔ヶ時に突撃しちゃう訳?」
「儂は姫では無い」
楽しげな三之助に、凪雅は、黄昏時の姫武将は、獣が牙を剥くような笑みを浮かべる。
「此所におるのは、忍術学園は五年い組、高坂凪雅。後学の為に、次の休日に逢魔ヶ時の鉱脈見学と洒落こもうかと考えておるだけだ」
凪雅は笑う。
三之助も可笑しげに笑みを浮かべる。
左門は苦笑し、作兵衛は笑わなかった。
「さて、どう思う」
黄昏時から来た件の編入生が、五年ろ組の三人組に連れられ立ち去った後、食堂に合い席い並ぶ六年生五人の中で最初に口を開いたのは平滝夜叉丸だった。
「逢魔ヶ時の話題の持ち出し方が少々強引だった気がするな」
「守一郎に同意」
滝夜叉丸は、浜守一郎とその同級、田村三木ヱ門をじとりと睨む。
「そういう事を言っているのではない」
憮然とする滝夜叉丸をまあまあと宥めるのは斎藤タカ丸だ。
「凪雅君が逢魔ヶ時の名前に反応したのは確かだよね」
「ええ、そういう事ですタカ丸さん」
満足気に頷く滝夜叉丸。彼を見ながら三木ヱ門は明から様に目を眇めた。
「情報を引き出すところまでは行かなかったではないか。そも黄昏時忍者隊の息が掛かっている者がそう簡単に口を割らない事など分かりきっている。守一郎が言う様に下手に話題にしたことで疑われたかもしれんぞ」
三木ヱ門がそう言えば、滝夜叉丸はふんと鼻で笑うのだった。
「といういちゃもんは置いといて」
「何がいちゃもんだ!」
「まあまあ、二人とも……後は三之助君の報告待ちって事でしょ?」
「あ……喜八郎、」
睨み合う好敵手二人組、宥めるタカ丸。傍観の体の守一郎を他所に喜八郎ががたりと席を立った。
「待て、喜八郎。お前はどう思ったのかぐらい言うて行かんか」
滝夜叉丸が呼び止めれば、喜八郎は煩わしげに顔を歪めた。
「…………あれは忍らしくない、以上」
そう歪めた口の端から溢すようにぼそりと呟いて、食堂から去っていく喜八郎の背中を、滝夜叉丸は何とも言えない表情で見送るのだった。
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